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熊本地方裁判所 昭和54年(ワ)138号 判決 1983年1月31日

原告

勉勝代

ほか四名

被告

熊本スズキ株式会社

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用のうち参加によつて生じた分は補助参加人の、その余は原告らの各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、

(一) 原告勉勝代に対し一、八五〇万九、六八二円及び内一、六八二万九、六八三円

(二) 原告勉美奈子、同勉知子、同勉幸喜に対しそれぞれ一、二三三万九、七八八円及び内一、一二一万九、七八八円

(三) 原告勉マツエに対し一一〇万円及び内一〇〇万円

に対するいずれも昭和五三年一一月五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  事故の発生

勉新一(以下、単に「新一」という。)は次の事故により昭和五三年一一月四日午後零時三〇分死亡した。

(一) 日時 昭和五三年八月四日午前九時一〇分頃

(二) 場所 熊本市東町二丁目八―八被告東部営業所構内

(三) 加害車 軽乗用自動車(熊本五〇い一八八六)

(四) 運転者 宮田秀雄

(五) 被害者 新一

(六) 態様 加害車を陳列中の商品車の右前ドアに追突させ、その衝撃により折りからドアを開いて右商品車の内部を見分中の被害者の頭部を右ドアと車体との間に狭み込んだもの。

(七) 傷害 頭部外傷、左頬部打撲傷、頸部捻挫、脳内出血

(八) 死亡原因 硬膜下血腫

2  責任原因

被告は事故当時加害車を保有し、自己のため運行の用に供していたから、本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。即ち本件加害車は名義上宮田となつているが、被告は右車両を業務上に使用するものとして燃料費及び任意保険料を負担しているから、実質上の保有者というべきである。

仮に右主張が認められないとしても、宮田は当時被告の従業員として業務に従事していたものであるところ、前記場所において加害車をバツクして駐車所に入れようとしたが、前進のギアを入れるという運転操作の過ちを犯したため本件事故を惹起したのであるから、被告は民法七一五条により使用者として、右事故から生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(新一の損害)

(一) 治療費 八九万九、八八〇円

(1) 町野外科病院分 六九万九、八八〇円

入院 昭和五三年八月四日から同月八日

同年一〇月一三日から同年一一月四日

通院 同年八月九日から同年一〇月一二日(実日数三二日)

(2) 江崎歯科医院分 二〇万円

通院 昭和五三年九月二九日から同年一〇月一五日(実日数六日)

(二) 入通院雑費 二万六、四〇〇円

入院分 一万六、八〇〇円(六〇〇円×二八日)

通院分 九、六〇〇円(三〇〇円×三二日)

(三) 付添看護費 一三万九、六〇〇円

本件事故当日から死亡日までの九三日につき、一日一、五〇〇円の割合によるもの。

(四) 休業損害 一三一万七、二四五円

(一日の収入) 一万四、一六五円(新一は事故当時三級自動車整備士の資格を持ち、自動車整備業を営んでいたものであるが、昭和五二年一年間における所得は五一七万〇、四二二円であつた。)

(休業期間) 九三日間(本件事故当日から死亡日まで)

(計算)

一万四、一六五円×九三日=一三一万七、三四五円

(右金員の内金 一三一万七二四五円)

(五) 逸失利益 五、七七〇万六、〇四五円

(事故時の年齢) 四二歳

(就労可能年数) 二五年

(右ホフマン係数) 一五・九四四

(生活費控除) 三〇パーセント

(年間収入) 五一七万〇、四二二円

(計算)

五一七万〇、四二二円×〇・七×一五・九四四=五、七七〇万六、〇四五円

(六) 慰藉料 二七〇万円

(1) 治療中のもの 七〇万円

(2) 死亡によるもの 二〇〇万円

(原告らの損害)

(一) 慰藉料

(1) 原告勝代分 三〇〇万円

(2) 原告美奈子、同知子、同幸喜分 各二〇〇万円

(3) 原告マツエ分 一〇〇万円

(二) 弁護士費用

原告らはいずれも認容額の一割に相当する金額を弁護士費用として支払うことを約した。

4  損害の填補

前記のとおり新一が本件事故により蒙つた損害は合計六、二七八万九、一七〇円となるところ、右損害の填補として自賠責保険から二、一三〇万〇、一二〇円の支払いを受けたので、これを右損害額から控除すると四、一四八万九、〇五〇円となる。

5  相続

原告勝代は妻として、同美奈子、同知子、同幸喜は子として、新一の前記損害賠償請求権をそれぞれ相続分に応じて承継取得した。

6  結び

よつて、原告らは被告に対し、次の各金員及び右金員から弁護士費用を除いた金員に対する新一が死亡した日の翌日である昭和五三年一一月五日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(一) 原告勝代

(1) 相続分 一、三八二万九、六八三円

(2) 固有の慰藉料 三〇〇万円

(3) 弁護士費用 一六七万九、九九九円

(二) 原告美奈子、同知子、同幸喜

(1) 相続分 各 九二一万九七八八円

(2) 固有の慰藉料 各 二〇〇万円

(3) 弁護士費用 各 一一二万円

(三) 原告マッエ

(1) 固有の慰藉料 一〇〇万円

(2) 弁護士費用 一〇万円

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項の(一)ないし(七)は認めるが、(八)は不知、新一が本件事故により死亡したとの点は否認する。

2  同第2項の前段は否認する。但し被告は、従業員が営業のため使用する燃料費に限つてこれを負担していたこと、従業員が被告から購入する自動車につきその保険料を負担して一定額までの任意保険を付していたことは認める。

同項の後段のうち宮田が被告の従業員であることは認めるが、その余は不知。

3  同第3項はすべて不知。

なお、新一の損害(一)の治療費のうち(1)の町野外科病院分については、胃部X線写真撮影は本件事故による受傷の治療とは全く関係のない不要のものであり、又(2)の江崎歯科医院分についても通常の加療限度を越えた本人の希望による金冠及びその加工料が含まれており、いずれも被告において負担すべき義務はない。また(五)の逸失利益については、新一受傷後死亡までの九三日間、被告は必要に応じ新一に代るべき修理技術者を派遣し、新一の営業に支障なきを期したから、右逸失利益の計算は相当でない。

4  同第4項は、自賠責保険からの支払いは二、一三〇万円である。

なお、これとは別に宮田及び被告が原告らに対し各三万円を支払つている。

5  同第5項は不知。

三  被告の主張

1  本件事故と新一の死亡との間には相当因果関係がないので、被告は新一の死亡による損害を賠償すべき義務はない。

(一) 新一が、前記傷害を受けたのは昭和五三年八月四日であり、死亡したのはそれから三か月を経た同年一一月四日のことである。しかして新一は右三か月のうち、前記のとおり八月四日から八日までの五日間及び一〇月一三日から一一月四日までの二三日間は町野外科病院において入院加療を受けているが、右退院から再入院の間の満二か月余は、二、三日に一回程度の割合で通院していたものの、自宅にあつて自動車整備工場の仕事に従事していたものであり、また右入院期間中も相当数の外出、外泊を行つていた。

(二) 新一は、右再度の入院中であつた一〇月二九日日赤病院においてCTスキヤン(コンピユターによるX線断層写真撮影)等による精密検査の要ありとの診断を受けていたが、そのまま放置し、入院先の町野医師(原告補助参加人、以下単に「参加人」という。)にもその旨何らの連絡もしなかつた。

(三) 交通事故などにより頭部外傷を負つた者は、頭蓋内血腫、脳損傷等の傷害を惹起する危険性があるので、脳神経外科医としては、当然受傷者に対しX線撮影や超音波検査、脳血管撮影のほか、CTスキヤン等により血腫その他手術の対象となるような病変があるかどうかを調査すべきである。

(四) ところで頭を打ち、頭の中に少々の出血があつても、安静にしていれば、殆んどの場合は出血が止つてしまうこと、新一の死亡原因となつた硬膜下血腫においては、結果的に脳幹の圧迫が生じて死亡する例は一〇パーセント程度のものであるところ、早期に発見して手術を行ない血腫を取除けば死亡することはないものである。

(五) 右に述べたところによれば、新一においては、前記入院、通院期間を通じて十二分に安静に努め、出血による血腫の発生を防止すべきであつたうえ、前記日赤病院の忠告に従い精密検査等然るべき措置をとるべきであつたし、又参加人においては、少なくとも再入院の時点において、CTスキヤン等の方法による精密検査を実施し、右血腫を発見し、これを手術により除去すべきであつたのに、それぞれこれをしなかつた過失があるというべきである。

以上のとおり新一の死亡の結果は、通常の注意を尽しておりさえすればこれを容易に回避し得たものであるのに、新一及び参加人の右過失により招来されたもので、本件交通事故との因果関係はないというべきである。

2  仮に右主張が認められないとしても、新一及び参加人の叙上の如き重大な過失に鑑みれば、賠償額の算定については相当の過失相殺がなされるべきである。

四  被告の主張に対する参加人の反論

1  新一の受診並びに同人に対する治療経緯は次のとおりである。

(一) 昭和五三年八月四日午前九時二〇分頃初来院、当時の症状は、意識は明瞭、頬部に軽い腫脹があり、特にその部分を痛がつていたほか、軽度の頭痛を訴えていたが、吐気はなかつた。参加人は頭部外傷、左頬部打撲傷と診断、大事をとつて入院安静経過観察をすすめたところ、結局は即日入院した。

(二) 入院当日頭部X線写真撮影、翌日脳波検査を行つたが、いずれも異常は認められなかつた。

(三) 入院中の治療は止血、鎮痛、消炎療法であつた。

しかし新一は「小企業の事業主は仕事を休めない。」といつて、参加人の安静加療が必要であるとの注意にも拘らず、無断外出をした。

(四) 入院五日目の八月八日、新一が「頭は痛くない。」というので、退院を認めた。

(五) しかし退院後「頬部がまだ痛む、開口時顎関節が痛む。」と訴え、再び来院、結局八月に一七日、九月一八日までに七日通院した。参加人はその間鎮痛消炎療法による治療を施したが、頭痛、吐気、嘔吐、発熱等の症状を訴えられたこともなく、認めることもなかつた。

(六) 九月三〇日「顎がまだ少し痛む。」と訴えて来院、前同様鎮痛消炎療法による治療を施した。

(七) 一〇月一一日「頭が少し痛くなつた。」と訴えて来院、なるべく安静をとるように指示した。

(八) 翌一二日「頭が少し痛いので入院したい。」といつて来院してきたので、入院安静を勧めたところ、翌一三日に再入院した。

(九) 新一は、再入院後も外出が多く、そのため回診ができないことがあつたので、参加人は「回診だけは受けて体の調子を申し出るように」と注意したが、必ずしも右注意は守られなかつた。

(一〇) 再入院後引き続き顎関節の痛みを訴えていたが、一〇月二四日からは右痛みが軽くなつたので、同日以降食事を粥食から普通食へ変更した。

(一一) その後胃がもたれるとの訴えがあつたので、一〇月二八日胃透視を行つたところ、古い十二指腸潰瘍が見つかつたのみであつた。入浴は一〇月一七日から毎週病室内においてしていたが、その間発熱もなく、頭痛もあまり訴えることもなく、嘔吐、吐気の訴えも報告もなく、その他神経学的に異常な所見も認められず、殆んど正常に近い生活を送つていた。

(一二) 一一月四日午前中に入浴、昼食後自ら食器を配膳台まで届けて病室に帰る途中の午前一一時五〇分頃、急に意識を失い、人口呼吸、心臓マツサージ等の救急処置も及ばず、午後零時三〇分死亡するに至つた。解剖の結果、死因は両側性の慢性硬膜下血腫による脳圧迫ということであつた。

2  ところで臨床医が治療を行う場合、ありとあらゆる可能性を考え、あらゆる検査を実施し診療するものではなく、客観的状況と患者本人の訴えを考慮し、現実に考えられる傷病を疑い、対処するものである。

3  参加人は、新一に対する診療の基本的態度として頭蓋内出血、血腫等の抽象的可能性を認識していても、前記のとおり現にそれを示唆する訴えや他覚的症状が認められないかぎり、適格な検査、治療を行うことは困難であり、ことに本件のごとき両側性の血腫が慢性の経過をとつた場合には、診断はさらに困難であり、安静をとらせつつ経過観察する以外に方法はないのである。

以上のとおり、参加人は、新一に対し誠実に診療行為をしてきたもので、新一の死亡は本件事故によるもので、右診療行為によるものではない。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第1項の(一)ないし(七)の各事実は当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第一九号証の一、二によれば、新一の死亡原因が慢性硬膜下血腫による脳圧迫であることが認められる。

二  責任原因

本件事故につき、被告は運行供用者としての責任を争うので検討するに、いずれも成立に争のない甲第二〇号証、同第二三号証によれば、加害車は、宮田が被告の業務上(自動車のセールス)に使用するため被告から割賦で購入したもので、登録所有名義こそ宮田になつているが、右割賦金の完済までは実質的には被告に所有権が留保されていること、事故当時右割賦金は完済されていなかつたこと、被告は、このように従業員がその車両を営業のために使用することを認めていたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないところ、被告は右営業のために使用する燃料費を負担し、更に被告から購入された車両については一定額までの任意保険を付し、その保険料を負担していたことは当事者間に争いがない。

右事実によれば、被告は、加害車につきなお運行支配及び運行利益を有するものといえるから、自賠法三条の運行供用者としての責任を負うものというべきである。

三  本件事故と新一の死亡との因果関係

1  いずれも成立に争いのない甲第四ないし第七号証、同第九、一〇号証、同第一五号証、同第二二号証、乙第一、二号証、同第三号証の一ないし八、同第四号証の一ないし四、同第六号証、補助参加人町野康、原告勉勝代の各供述によれば、新一の死亡に至る経緯、特に町野外科病院における受診並びに治療経緯として次の事実を認めることができる。

(一)  昭和五三年八月四日午前九時二〇分頃、同日午前九時一〇分頃本件事故に遭遇した(顔面を狭まれた。)といつて来院、来院時の症状は意識は明瞭であつたが、頭部、頸部、左頬部に痛みを訴え、左頬部に腫張があつた。

参加人は頭部外傷、左頬部打撲傷と診断し、即日入院させ止血剤及び浮腫除去剤を投与する治療法(「安静鎮痛消炎療法」という。)を行うとともに左顔面の冷湿布を施し、頭部X線撮影を行つたが、異常はみられなかつた。新一は当日右症状の外後刻軽度の発熱、悪感を呈した。

(二)  参加人は翌五日脳波検査を行つたが、異常はなかつたので、以降も右安静鎮痛消炎療法を続けた結果、発熱、悪感も治まり、右各痛みも軽快したというので、同月八日退院を認めたが、退院当日は軽度の発熱があつた。

(三)  しかし新一は翌九日には再び頭部、左頬部、顎関節部に痛みを覚えたため、一〇月一二日までの間八月中に一八日、九月中に七日、一〇月中に七日通院し、鎮痛消炎療法による治療を受けたが、右痛みは軽快のきざしをみせず、一〇月一一日夜には吐気と頭部に激痛を訴え、翌一二日には顔面と足とに腫脹をきたし、直ちに再入院を勧められ、病室の空きを待つて翌一三日から再入院した。

(四)  ところで新一は、本件事故のため受傷した歯の治療のため、九月二九日、一〇月二日、九日、再入院後の一五日に抜歯、義歯装着等の治療を受けた。

(五)  再入院中の症状は以前の頭部、顎関節の痛みの他に首の痛みを訴えるようになつたので、鎮痛消炎療法(但し、アドナ、トランサミンという止血剤は使用されていない。)の外に頸椎牽引を行つた。

(六)  新一の症状は一〇月二四日頃一時軽快のきざしを示していたが、二七日には三回もの嘔吐をした。しかし参加人はこれを投薬、運動不足等からくる胃の障害と軽く考え、翌二八日に胃のレントゲン写真撮影と胃透視を行つたが、古い十二指腸潰瘍があつたのみで胃に異状は発見できなかつた。

(七)  新一は翌二九日密かに熊本日赤病院において頭部のレントゲン検査を受けたところ、脳波並びにCTスキヤンによる検査を受けるよう指示されたが、このことを参加人には知らせなかつた。

(八)  その後新一は特に変つた症状を呈することなく、従前通りの治療を受けていたところ、一一月四日午前一一時五〇分頃昼食の食器を自ら配膳台まで届けて病室に帰る途中突然意識を失い、そのまま前記のとおり死亡するに至つた。

(九)  新一は再入院後一七日までは風呂に入るのを許されなかつたが、同日以降は一週間に火、木、土曜の三回入浴をし、死亡当日も昼食前に入浴した。

(一〇)  ところで新一には二度の入院期間中参加人の注意、忠告にも拘らず五回の外出と二回の外泊があつた外検温時にも数回不在のことがあり、参加人にとつてははなはだその症状の把握し難い患者であつた。そのためか、新一並びにその家族と参加人との間信頼関係は必ずしも好ましいものではなかつた。

以上のとおり認められ、右認定に反する参加人の供述はにわかに措信し難く、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

2  新一の死亡原因は前記認定のとおり慢性硬膜下血腫による脳圧迫であるが、前掲甲第一九号証の一、二、いずれも成立に争いのない乙第七号証の一、二、証人宇宿源太郎の証言によれば慢性硬膜下血腫の症状及びその治療法等につき次の各事実を認めることができる。

(一)  硬膜下血腫とは硬膜とクモ膜との間に起る血腫のことで、慢性とは受傷後三週間以上経つて血腫としての症候をあらわすものといわれているところ、新一の右血腫はその被膜の厚さや組織から少なくとも二月以上経たもので、両側(左側が優位)に存在した。

(二)  血腫と死亡との因果関係は、血腫によつて脳嵌入が起り、脳嵌入が起るとテント切痕(小脳テントという膜の切れ目)や大孔の部分で脳幹が圧迫され、そのため意識不明をきたし、死亡に至るというのであるところ、本件の場合はじわじわと出血が溜まり、そのうえに死亡時出血が加わつたことによるものであつた。

(三)  本件のごとく脳自体に損傷のない場合には、頭蓋内血腫のため結果的に脳幹の圧迫が起つて死亡する例は昭和四二年当時においても約一〇パーセントと推定されていたが、この血腫を早期に発見して手術を行い、血腫を除けば必ず命は助かるといわれていた。

(四)  頭部外傷により頭蓋内に少々の出血があつても、安静にしていれば殆んどの場合は出血が止まるものともいわれている。

(五)  交通事故などにより中等度以上に頭を強く打つた場合、少なくとも頭蓋内血腫の起つている危険性があるから、脳神経外科医としては受傷者を三、四日入院させ、X線撮影、超音波検査、脳血管撮影、CTスキヤンを行い血腫の有無を調べるべきだとされているところ、昭和五三年当時においてはCTスキヤンによる検査をすれば、容易に頭蓋内血腫の有無を判明することができ、熊本においても右検査は容易に行うことができた。

(六)  頭蓋内血腫のある者が呈する主な症状は、強い頭痛、吐気、嘔吐等である。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  前記認定の各事実を総合すれば、新一の硬膜下血腫は退院後の再出血によつて起つたものと推認できるところ、その原因は、主に新一が十分安静加療をしなかつたことによるものであり、再入院後も安静加療に専念しなかつたことによるものであるが、参加人としても、新一の受傷部位、数か月に及ぶ持続的な頭痛等の愁訴、当初の止血剤による治療、再入院時の様相等を考慮すると、再入院時において、然らずとするも胃透視の結果が判明した一〇月二八日の時点において、脳波検査、CTスキヤン等を行い、血腫を発見し、直ちにこれを手術によつて除去すべき注意義務があつたといわざるを得ない。

右事実によれば、新一の死亡は、主に同人に起つていた慢性硬膜下血腫を右時点において発見し得えなかつた参加人の過失によるといわざるを得ないが、参加人の注意、忠告にも拘らず、安静加療に専念せず、遂に慢性硬膜下血腫にまで至らせた新一の過失も否定できない。

4  以上によれば、本件事故による新一の受傷と慢性硬膜下血腫との間になお相当因果関係が存在するといい得ても、新一の右受傷と死亡との間に相当因果関係は存在しないといわざるを得ない。

四  損害

叙上によれば、被告が原告らに対して負担すべき損害は、新一の傷害に基づくものに限定されるから、原告らが請求し得べき損害は、新一の逸失利益及び死亡慰藉料並びに原告ら固有の慰藉料を除いたその余のものと解するのが相当であるところ、このうち治療費、特に江崎歯科医院分については通常の加療限度を超えたものではないか、又休業損害についても被告から整備士を派遣した(成立に争いのない乙第五号証により認められる。)関係上、いずれも問題がないではない。

しかしこれらの点はさておき仮に原告ら主張の請求金額が全額認容できるとしても、せいぜい三〇八万三、一二五円(これに弁護士費用三〇万八、三一二円を加えても三三九万一、四三七円)であるところ、原告らは既に自賠責保険金二、一三〇万〇、一二〇円の支払いを受けている旨自認しているので、これを右金額に充当すると、被告にはもはや原告に対し賠償すべき金額は残つていないことになる。

五  結び

以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないことになるから、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、九四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 最上侃二)

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